ラベル 真面目な社寺 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 真面目な社寺 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2011/11/24

雨の愛宕念仏寺の1200羅漢 京都嵯峨野



京都嵯峨野の最奥にある愛宕念仏寺。あたぎねんぶつでらと読みます。山門の仁王像は京都の文化財指定、本堂は重要文化財を備えているお寺ですが、ここのお寺といえばやはり1200体の羅漢石像でしょう。
これらは写真だけ貼っていくと大変なので、スライドショー化。それぞれのお顔も楽しいですし、ポーズも特徴的。カメラを持っていたり花を持っていたりとどれも個性的です。



羅漢石仏は、昭和56年から500体を目標に知人に呼びかけた始めたのですが、「昭和の羅漢彫り」としてテレビで紹介されたために希望者が集まり平成3年にはついに1200たいになったとのこと。


紅葉の季節に雨の日だったので、頭にくっついてなんともよいコントラストに。

 順序が前後しますが、こちらが仁王門。江戸中期にのもので1950年の台風で破損していたものを1981年にようやく解体復元修理された。両脇には鎌倉初期に作られた仁王さんが守護していますが、この仁王さんは戦戦後困窮した当時の住職さんによって売られてしまいました。これを持ち主に寄付してもらえるようにお願いを重ねて1981年の仁王門落慶式の一週間前にようやく帰ってこれたという


右に写っているのが本堂です。重要文化財で平成12年に修理が完成。建物は単層入母屋造、本瓦葺の和様建築。内部の天井は小組格天井。ご本尊は千手観音。本来42本の腕が会ったはずですが、公朝さんが住職になった時は4本しか残っておらずこれを復元されました。


絵馬堂越しの紅葉。ふれ愛観音堂。



こちらも雨の絵馬堂。
絵馬堂の中には、「手で触れて拝むために作られた観音さま」が祀られています。

階段の先に見えるのが地蔵堂、右が絵馬堂です。さらのその右が三宝の鐘のある鐘楼。
地蔵堂には平安初期に作られた火除地蔵菩薩座像が祀られているとのこと。私は拝観できませんでしたが。火除地蔵と呼ばれる地蔵菩薩がまつられていて、平安時代の京を火事から守るために作られたものがまつられているそうです。


ここの鐘楼には音の異なる3つの鐘が置かれています。三宝とはもちろん仏法僧のことです。先代の公朝さんのアイデアで、3つの鐘に。銅に含まれる錫の量が異なるらしい。

入場料は300円。御朱印(おまけ付き)は500円。開門時間は8時から17時です。


    

2011/10/13

京都 直指庵

京都市内、嵯峨野に直指庵というお寺があります。大覚寺の奥にあるという感じです。大覚寺から徒歩15分くらいかなと。



拝観には500円を要します。いつ言ってもあまり人は多くありません。静かところです。

お庭も静かで落ち着きます。嵯峨野や大覚寺までの喧騒とはちよっと違った雰囲気です。



紅葉の季節も楽しめます。


とはいえ、このお寺の注目される点は訪れた人が書き留める雑記帳、ノートです。
本当にいろんなことが書かれています。自殺する場所を探して一ヶ月前に職場から逃げ出した人、癌が見つかって娘に対してまだ頑張るよと書く人。育ての父親に今までいえなかった「ごめんなさい」と「ありがとう」を書く人。様々であります。
読んでいると実に苦しい。心がえぐられるような思いがすることもあります。人の本音、けして人には話せない声がたくさんあります。


静かな空気でこのような人の真実の声を聞いていると目頭が熱くなます。普段は正直に言えなかったことがこの静かなお寺では正直に言えてしまう。そして自分も正直に、書いてみたいと思うようになるものです。


日常生活で意地をはり素直な気持ちか表せないことでも、ここでなら出すことができる。自分が本当に言いたいこと、それは誰に対して言いたかったのか、どうして素直に言えなかったのか、そういうことを考えてしまいます。人様の文章を読んでいたつもりが自分のことを観ていたのだと気づかれました。まさに直指か。


京都は大きな街であります。たくさんの文化財、大きな仏閣、そのようなものもよろしいですが、京都にはまだまだ自分を見つめる場所があるのだと、このお寺に来ると感じるのです。決して大きいお寺ではありませんが、ゆっくりと時間を取って訪れたいところです。


蚊が多いので夏は蚊取り線香を持参してもいいかもしれません。
一人で行くのがええよ。みんなで行くところじやないよ。

  

熊本 幣立神宮


熊本県、高千穂峡近くにある幣立神宮です。
私は詳しくないのですが、どもうスピリチュアルといいますかパワースポットとして昨今有名な場所とのこと。私のような感度の悪い人間にはまったくわからないは話でありますが良いところでありました。私がこの項で書きたいのは、聖地としての幣立神宮ではなく人の幣立神宮です。

車で2010/10頃に行きました。車は神宮の鳥居野道を挟んで向こう側に空き地のような場所がありましたのでそこに駐車。舗装はされていませんでしたが20台くらいは泊まれそうなスペースがあります。


大きな地図で見る
それほどたくさん登りません。高くない。
他のサイトにあるように、神聖な空気が…あるかどうかはわかりませんがもともと神宮周辺が田舎ですので静まり返っています。そういう意味では気持ちのいい場所ではあります。


ご由緒。
友達に話したら、「宇宙」て元は仏教用語じゃなかった?と冷静に突っ込まれました。そういえばそうだったかも。

本宮は大きさは並ですが趣があり、華美ではなく何よりとても清潔な感じがありました。
とりあえずお賽銭を入れて参拝します。すると白装束のお姉さん(神主さん?巫女さん?)がちゃんと出てきてですね、大幣と鈴を降ってくださるんです。これはちょっと感動です。こんなことしてくれる神社は初めてです。特に参拝申し込みをしたわけではなく、ポケットの小銭を投げ込んだだけの私に、こんなことを。小銭過ぎて申し訳ない気持ちにもなってきます。

上の写真に白装束のお姉さん(若くて美人)とおばちゃんが二人写っておりますが、おばちゃん二人は中で何かお話を聞いていた模様。とても感謝して出ていかれました。

ここで私は御朱印をお願いしますと、奥のほうで書いて下さいました。この書いている短い間も二組ほど参拝者がありましたが、どちらにもちゃんと大幣と鈴を降っていました。この二組は観光客という感じではなく、地元の方という感じでして、片方は農作業帰り、他方は若い方で建築工事帰りという感じの方でした。ちょっと失礼な言い方ですが、何故こんなとっぽい兄ちゃんが神社に立ち寄って帰るのか不思議でありました。地域でも大切にされているのかなぁという感じです。
御朱印を書き終えますと私に朱印帳を渡して下さいましてー、そのままスタスタと下がっていくので「ん!?お代をどうしましょうか」と尋ねると、「お気持ちを賽銭箱にでも入れといて下さい~」とのこと。とりあえず全国平均の300円を投入しました。もっとあっても良かったかも。
御朱印のお代を「お気持ちで」というところはぼちぼちありますが、「賽銭箱に~」というのは珍しい。なんせ賽銭箱だと音がするとはいえ性格にはいくら入れたかなんてわかんないですからね。不思議なところです。

こんな感じで、参拝・御朱印・参拝者という3つの意表をつかれてわたしは気持ちよく立ち去りました。印象としては(ちょっと違うかもしれませんが)真面目な神社だなぁ。まだこんな所があるんだなぁ。でありました。






スピリチュアルなのはわかりませんが、また訪れたいなぁという場所でした。